第12話 しびれる百グラム
おわり
第12話「しびれる百グラム」
あらすじ・制度のポイント・台本を読む
第12話「しびれる百グラム」検定付きはかり(ジャスト・ウェイト)
流行りの麻辣湯を量り売りで始めたい老舗中華の息子が、たらい回しの末に地下の係室へ。量り売りに要るのは、国の検定に合格した「検定付きはかり」。「検定? お墨付きなら、おれが出す!!」――テツは、市役所のハンコで国の決まりを飛び越える。
この話の制度・豆知識
- 重さで値段を決めて売る場合や、メニューにグラム数を書いて売る場合、使うはかりは国の検定に合格した「検定証印」付きのものでなければなりません(計量法)。
- 取引に使うはかりは、2年に1回、県や特定市の定期検査を受けます。食材の調合だけに使う調理用のはかりは、定期検査の対象外です。
- 検定証印は国の決まりで付くもので、市の係が自分で「認定」を出して、代わりにすることはできません(作中の「認定」は架空です)。
梨ヶ坂市は架空の市です。制度は実在のものを紹介していますが、運用は自治体ごとに異なります。
台本(セリフ全文)
1ページ
ひ、ひびれる!! ひびれるのに、止まらんッ!!
梨ヶ坂市役所・地下。課長は本庁の研修で留守。
梨ヶ坂駅前。昼。
麻辣湯は、女性に大人気。駅前は昼に百人の行列。
……四杯目ね。空き容器、数えたわよ
専門店、急増中です
レナさんも、先週並びましたよね
……調査よ
量り売りだ。好きなだけ盛って、重さで払う
おれの胃のための店だ
あの……トレンドの係って、ここですか……
2ページ
八木大地です。『八木軒』の、せがれで……
産業振興課、商工課、保健所、また産業振興課……
四つ回されて、最後に『流行のことなら地下へ』と
ここ、終点ですね
ひゅ、ひゅうひぇん……
3ページ
八木軒は、四十年。ラーメンとタンメンだけの店です。
今は、一日に二十人です
商店街の裏。八木軒。
東京の麻辣湯の店で、三年働きました。
どの店も、具は自分で選んで重さで払う
あれなら、八木軒にも客が来る
百グラムいくら、ですね
親父は『春雨をゆでるか』と大反対で。
店は、終わらせたくない
ひ、ひびれが……もどって、きた……
開店の日は、おれが一番客だ
4ページ
具は三十種類。重さで決めるのが公平
ラーメンは、一杯いくらでいい。定額だと、選ぶ楽しさが消える。
麻辣湯は、重さで量るから成り立つんです
重さで売れば『取引』。検定付きのはかりが必須よ
検定の印がないはかりは、取引に使えません
肉だけ百グラム……ひゃ、ひゃくぐらむ……
重く出ればお客が払い過ぎ。軽く出ればお店の損
二年に一度、市の検査もあります
食材を量るだけの調理用は、検定いらないけど
5ページ
ネットで買った、検定の印のないはかりじゃ、だめだと
検定付きは、台所のはかりよりずっと高くて
親父は、金を出してくれません
……このままじゃ、始められないんです
はかりなんざ、数字が出りゃ同じだろ
同じじゃないから、国が決めてるの
6ページ
チラシも刷りました。開店は、来週の月曜で……
どうにかなるなら、昼は毎日、一杯ごちそうします!
(テツの目が、もう麻辣湯の色……)
昼は毎日、八木軒で一杯タダ!! 一生しびれるぞ!!
その一杯、僕の取り分を先に引きます
7ページ
検定ってのは、お墨付きだ!!
証印ってのは、ハンコだ!!
検査は市がやるんだろ。
なら市のハンコだ。地下にもある
……そうかしら
(地下の係が、一気に実績を……)
検定? お墨付きなら、おれが出す!!
市のお墨付き……それなら、始められます
『認定』だ。大地はタダ。
シール一枚、原価二十円
……じゃあ他の店は、有料ですね
8ページ
できた!! 市のお墨付きだ!!
百枚、刷りました
ペタッ。これで、検定付きと同じだ!!
翌朝。八木軒。
9ページ
帰れ。うちは、ラーメン屋だ
はかりなんぞ、わしは目分量だ
はい、市のお墨付き!!
開店の日は、おれが最初の客な
親父。味見だけでも
……ヒリッとくる
……野菜が、水っぽい
10ページ
うちのタンメンはな、強火で野菜を炒めて
甘みを出してから煮る。先に炒めろ
麻辣湯と、親父のタンメン……
『マーラータンメン』だ!!
……腹、減った
四十年の、火力。
11ページ
SNSで見ました。『マーラータンメン』!
SNSに『市認定のはかり』って。安心ね
百グラムです。ありがとうございます!
ひ、ひびれる……ただ飯は、うまい……
ほらな、シールが客を呼ぶ
五杯目です。僕の取り分、先に引いときます
12ページ
……花椒が、目に染みた
……うん。おれも
ラーメン屋は、お前の代で終わると思ってた
終わらせなくて済む。……それだけだ
……よかったな。で、明日の昼の一杯は?
恥を知りなさい
13ページ
あのシールが付いてから行列でしょ
うちも来月から量り売りだ
あのシール、売ってくれ
一枚千円……繁盛店価格で、三千円
一軒、三千円!! 昼飯付き!! 三十軒だァァ!!
(三十軒……本庁に戻れる数字よ)
14ページ
か、辛い……涙が、止まらん……
涙が出る辛さ、略して『泣きたい辛さ』!!
涙の量をはかって、SNSに載せさせろ!!
追加の香辛料は、十グラム単位の量り売りで
辛さは、多いほどいいのよ
拡散した分の歩合、ですよね
……そうかしら
15ページ
涙の量、はかっちゃいます!
涙の量、八グラム!!
おれは十二グラム!
私も負けないわよ
もっと辛く!!
いいぞ、バズるぞ
16ページ
地下の係が、市内二十店を認定!!
本庁に、戻れる!!
歩合、先月の十倍です
17ページ
検査が来たらどうするの?
このシールを見せりゃ通る!! 市のお墨付きだ!!
三十軒。
18ページ
三十一軒。梨ヶ坂の流通を、地下が支えてるわ
(産業振興課から照会……あとで読むわ)
……さんぜん……えん……おかわり……
課長が戻るのは、十日後です
歩合、今週も倍です
19ページ
十日後。八木軒の昼。
計量検査係の秤田です。照会にご回答がなかったもので
はかりの立入検査に参りました
……検査?
20ページ
一キロの分銅で、千四十六グラム。
四・六パーセント、重く出ています
え!? 毎日、ちょっと多く、払ってた……!?
……ひ、ひびれが……止まった……
21ページ
産業振興課の回覧で、知りました
市の者が、大変なご迷惑を
重さで売れば『取引』。検定の証印付きだけです
この『認定』は、市にはない制度です
いや、あの、ハンコは、地下にも……
検定は、国の決まり。市の検査は、その見張り役
払い過ぎるのは、お客さんです
ほかの店にも、貼っていますね?
……ぼくが、頼んだんです
私の実績がァ!!
22ページ
その夜。
源田さん。三十軒、全額お返しします
そして、一枚ずつ、剥がしに参ります
秤田さんの、分銅ケースを担いで
ぶ、分銅ケース……!?
手柄は、返上ね
歩合の返金分、僕も払うんですか
23ページ
あと、二十九軒です
ぜぇ……ぜぇ……
ひと月後。
平日は一杯いくら
検定付きは、親父が黙って買った
ただ飯も、ねえ
課長に持ってく
ちょっと、それ、私の……
ひと月後の昼。係室。
24ページ
親父さんから、課長に
課長、いつも頭を下げてくれて、ありがとうございます
……いただきます
あ……
か、かりゃい……かりゃいから、れす……
……私の十倍が……ごめんなさい、課長
それ、辛いからだけじゃ、ないと思います
この作品はフィクションです。梨ヶ坂市は架空の市で、実在の人物・団体・自治体・制度の運用とは関係ありません。自治体の公式な作品ではありません。
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