第9話 お召しかえ、百人分
おわり
第9話「お召しかえ、百人分」
あらすじ・制度のポイント・台本を読む
第9話「お召しかえ、百人分」きものの日(キモノ・デー)
十一月の梨ヶ坂。商店街の呉服店の女将・トミさんが、最後の「きものパレード」を手伝ってほしいと地下の係室へ降りてくる。タンスに眠る着物と、着付けの人手が足りない。「眠ってる着物は、全部おれの在庫だ!!」――テツが着物の貸し出しに目を輝かせる。
この話の制度・豆知識
- 11月15日は「きものの日」です。1966年に全日本きもの振興会が定めた日で、旧暦の11月15日が七五三の祝いの日にあたることにちなみます。
- 着物は「右前」に着ます。右側の身ごろを先に体に当て、その上に左側を重ねる着方で、左前は亡くなった人に着せる合わせなので、ふだんは着ません。
- 自宅で洗えるのは、ポリエステルなどの「洗える着物」です。絹やウールは自宅で洗うと縮んだり傷んだりするため、専門店の丸洗いに出します。着たあとは陰干しで湿気を抜き、たとう紙に包んで保管します。
梨ヶ坂市は架空の市です。制度は実在のものを紹介していますが、運用は自治体ごとに異なります。 出典:きものの日(全日本きもの振興会)
台本(セリフ全文)
1ページ
カイロ、一枚十円です
着物って、暖かいらしいぞ!!
……あんた、着られるの?
着方は知らねえ!!
ごめんくださいまし
2ページ
観光課に伺いましたら、予算がないと……
地下に、流行を扱う係があると聞きまして
ええ、流行。おれの係です
観光課の実績……本庁に届く……!
十一月十五日は、きものの日ですから
3ページ
主人が始めました。今年で、最後にしようと
予約は百人。でも、着る着物と、着せる手が足りません
タンスにあるのは、どのくらい?
預かったものが、二百枚ほど
パレードで着てもらう約束で、お預かりしたものです
着付けって、帯をぐるぐる回すやつですよね?
4ページ
梨ヶ坂商店街。呉服店「きもの まつのや」。
く、くせえ……
樟脳です。虫がつかないように
見るより、着てごらんなさい
私がやります! 観光課の実績のために!
5ページ
まず、肌着と足袋。それから長襦袢
衿は、首の後ろをこぶし一つ分、抜きます
右を先に、左を上に。右前です
右前……
右手が、懐に入る形
おお~、赤嶺が着物……
のぞくな!!
6ページ
着物も、右前。右を先に
腰紐は骨盤のあたり。結び目は、正面から少しずらして
おれにも帯をやらせろ!!
あーれー!!
回さないの
……苦しい。でも、きれい
7ページ
歩くときは、小股で、内股ぎみに
こう?
大股は、裾が割れます
階段は裾を軽く持って。座るときは、裾をおさえて
物を取るときは、袖口をおさえます
おれも羽織ってみたぜ!
あっ
テツさん、袖、お茶に入ってます
8ページ
で、着物って……いくらするんすか?
絹の訪問着なら、仕立てまで入れて数十万円
す、数十万!?
でも、着る人は減りました。売り上げは、一番多かった頃の十分の一ほど
呉服の小売市場 1981年 約1兆8000億円 → 2025年 2030億円(矢野経済研究所)
どこのお家のタンスにも、着ない着物が眠っています
……うちの実家にも、ある
でも観光地の着物レンタルは、一日三千円から八千円で行列です
9ページ
眠ってる着物は、全部おれの在庫だ!!
一人五千円!! 三百人で……百五十万!!
着付け一件、三百円でどうですか
ちょっと待って、預かり物を貸すのは……
観光課、三百人だぞ
三百人……本庁……
10ページ
貸すたびに洗う……丸洗いは一枚数千円!?
専門店に二百枚出したら、儲けが消える!! 自分で覚えて洗う!!
――その夜。
洗える着物は、ネットに入れて、ドライコース!!
おしゃれ着洗剤で、陰干し!!
絹は、家で洗うと縮む。専門店の丸洗いだ
……テツ、ちゃんと合ってる……
11ページ
肌着、足袋、長襦袢、着物、腰紐、帯!!
……右前、忘れないで
ドライコースは、ドライクリーニングと同じ!!
だから絹も、ドライコースでいい!!
右前ってのは、右が前に出る!! つまり、右を上!!
うん……はいはい……
12ページ
いらっしゃいませ!! 着物のレンタル、五千円!!
そして、十一月の週末。
預かり物ですから、大切にね
まかせてください!
Kimono! Beautiful!
13ページ
洗える着物は、ネットに入れて、ドライコースです
Wonderful!
祖母の絹の着物を、この子の七五三に着せたくて
おばあちゃんの、きもの!
まかせな! おれが洗って、きれいにする!
洗っていいの……?
14ページ
予約、三百件!? すごいです!
三百件……本庁に届く……!
八千円にしろ!! 洗濯が間に合わねえ!!
一件三百円のままでいいんですか
15ページ
ぜんぶ回せ!! 二百枚、一気だ!!
コース、どうしますか
ドライだ!! 絹もドライなら、クリーニングと同じ!!
終わったら教えて
16ページ
右を上!! 右を上に重ねる!!
テツさん、僕の着物、右手が入りません
気にすんな!! 次!!
一人三分、いい調子!
17ページ
そして、運命の当日。
……逆、だよ?
七五三のお客さんで、遅くなって……
……皆さん、それは、亡くなった方の合わせです
え?
18ページ
袖が、こんなに短い……
祖母の着物が……
絹は、洗濯機に入れてはいけません
専門店の、丸洗いに出すものです
着物は右前。右を先に、左を上です
…………
テツ!!
19ページ
預かったお着物を傷めたのは、係の責任です
申し訳ございません
源田さん
料金は、全額お返しください
お預かりした二百枚、持ち主さまを一軒ずつ
源田さんにも、一枚。右前で
歩幅は、小股で
お詫びは、正座で
着物のまま……坂道を……ォォ!!
20ページ
こ、小股……小股……
数日後。
こりゃ、子どもの着物に仕立て直すしかねえな
しまうのは、たとう紙。晴れた日に虫干しだ
お参り、月末にずらしてよかった
祖母の着物が、この子の七五三に……
おばあちゃん、あったかい
十一月の終わり。
21ページ
着付け教室、来月からです
着物、あったけえ……
そして、十二月。
起きられねえ!! 帯がきつくて起きられねえ!!
自業自得
起こすのは、一回三百円です
高ェ!!
この作品はフィクションです。梨ヶ坂市は架空の市で、実在の人物・団体・自治体・制度の運用とは関係ありません。自治体の公式な作品ではありません。
ページを読み込めませんでした。時間をおいて、もう一度開いてください。